
自然の中で暮らすお婆さんと登校拒否の孫の物語、っていうんで、さぞかし心温まるものだろう、と夫が借りてきた。私のガーデニングの参考にもなるかと思ったのだろう。
でも、一言でいうと、温かみの感じられない変な教育映画だった。
母親は登校拒否の娘を連れて自分の母親の山荘にやってくる。母娘はすぐにテーブルにきちんと座って、おばあさんがお茶を出す。なんかよそよそしくて、この人たちって家族なんだろうか、と思った。
すると、母親は娘に車から荷物を取ってくるように言う。娘は「ひとりで?」と聞くが、「カートがあるから」と答える。
子供の独立性を高め自主性を育成するという方針の母親か? ぶっきらぼうな喋り方はクールな母親か? こういう種類の偉そうな女は子供を助けることが甘やかすことになると思っている。実は母親としての自信がない。
第一、カートにダンボールとスーツケースをのせて小さい子供一人に運ばせるのはおかしい。車で着いたら、ひとつづつ荷物を持って、まずは泊まる部屋に持って行くのが順序だろう。変なシナリオ。
そうしたら、婆さんのほうも子供に「畑でレタスとキンレンカを取ってきて」とクールに命令した。
子供がどの花がキンレンカか知っているのかしら?と思う。今ではたいていナスタチウムと呼ばれるのだ。でも子供は質問もせずに畑に行く。
そして、スーパーでしかレタスを見たことのないはずの子供がちゃんとレタスを切り取る。ここでは虫に驚くところを見せたかったのだろう。しかしキンレンカは忘れる。でも婆さんも忘れている。編集の人もこの不一致に気づかなかった模様。お粗末なシナリオ。
で、わかった。こういう命令的婆さんに育てられたから、娘は命令的な母親に育ったのだろう。
婆さんは直接あれこれ言わないで、真綿にくるんだような誘導教育話をを子供に行う。これが延々と続くのだが、最後に子供が別のことで切れると婆さんも切れる。反抗されると自分のペースが保てないタイプだ。婆さんも爺さんも学校の先生だったという。
母親にこんな話を延々とされたら、私はもっと前に切れている。この女の子は良くまあ我慢したものだ。
私の母はこういう教師タイプのしつこい親ではなくて幸いだった。ガチガチのメソジストで人を制するときは聖書の言葉を引用した。服を欲しがると、「野の花を見よ」とか。私が頭に来ていると「怒りを遅くせよ」とか。でも、聖書や格言は短いから楽だった。
この映画には変なところや不一致がたくさんあった。幾つか書くと、
野いちごを摘んでジャムを作るのだけれど、ひとつひとつ流水で洗いながらヘタを取っていた。それは都会でイチゴを洗うときでしょ。大量の場合、まずヘタをとってからざっと洗うのが普通だ。
洗い桶でシーツを洗うといって、女の子に足踏みさせる。婆さんはほんとうにこんなことを一年中しているのだろうか?なんか、体験学習みたいにわざとらしい。
西ということで、地元の人はもろ西の喋り方をしていたが、山の情景も植栽も西のものではない。八ヶ岳でロケをしたらしいが、この光景は夏の庭であって、中学に入って一ヶ月目に登校拒否をしたという5月あたりの庭ではない。5月には花なんて咲いていない。
バラの隣ににんにくを植えると虫が来ないとか教えていたが、そーゆー裏技を披露する前に、もっと基本的なことを教えなくちゃ。だいたい、ブッシュローズは5月には咲かない。梅雨のころに咲き出し、夏に満開になるのよ。
西なら西でロケしないと、とっても嘘っぽい話になってしまう。
そうそう、父親もおかしい。親子3人で暮らすから転校するのはどうかと娘に尋ねる。そうすると娘は、良く考える、とか言う。妻になら打診するが、子供は親が転勤になれば付いて来させれば良い。何も意向を聞くことはない。友だち親子が良いってわけ?
みんながハートフルな映画だというのが不思議。年配のオバサンたちが喜んでロケ地を訪れているらしいが、私は女子中学生にこの映画を良いと思うか聞きたい。
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posted by Machilin at 11:59|
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